東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3920号 判決 1969年3月08日
原告(反訴被告) 高柳建設株式会社
右代表者代表取締役 高柳甚治郎
右訴訟代理人弁護士 大塚仲
被告(反訴原告) 杉原雪夫
右訴訟代理人弁護士 松井繁明
同 渡辺正雄
同復代理人弁護士 坂元洋太郎
主文
被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金一、六六九、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年四月一日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は、本訴反訴を通じこれを三分し、その二を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。
この判決は、主文第一項にかぎりかりに執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告(反訴被告、以下単に原告という。)
1、本訴
(一) 被告(反訴原告、以下単に被告という。)は原告に対し金二、三六四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
2、反訴
(一) 被告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二 被告
1、本訴
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
2、反訴
(一) 原告は被告に対し金三二五、七八〇円およびこれに対する昭和四一年一二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二、当事者の主張
一、原告(本訴請求原因)
1、原告は被告の注文により、昭和三八年九月四日被告との間で別紙物件目録五記載の建物(以下本件建物という。)の建築につき代金四、〇五八、〇〇〇円で請負う旨の契約を締結し同年一二月二〇日頃襖の一部を除き本件建物をほぼ完成した。
2、しかるに被告は右代金のうち金一八〇万円の支払いをしたのみであるため、原告は被告に対する本件建物の引渡を拒んでいたところ、昭和四〇年二月一六日原告の代理人である弁護士大塚仲と被告との間に被告の右未払代金およびこれに対する遅延損害金を含めた金二、六〇八、〇〇〇円の債務の弁済ならびに原告の本件建物に関する残工事の施行につき大要次の如き契約(以下債務弁済契約という。)が結ばれた。
(一) 被告は原告に対する右債務のうち金一〇〇万円についてはうち金七〇万円を本契約成立と同時に、うち金一五万円を後記(二)の手続が完了すると同時にその余の金一五万円については各一万円を同年四月から昭和四一年六月まで毎月末日までに、それぞれ支払うことによってこれを弁済し、その余の債務については被告が後記(四)によって本件建物を賃貸することにより納める賃料収入のうち、各貸室の第一回目の賃借人から受領する権利金(謝金名義のものを含む。)敷金、第一月目の賃料の各全額および第二月目以降の各賃料総額のうち毎月金六万円を後記(四)の方法によりそれぞれ支払うことによってこれを弁済する。
(二) 原告は前項所定の金七〇万円の支払いを受けると同時に本件建物の残工事に着手し、昭和四〇年三月末日までに本件建物を完成し、被告に右工事の完了したことを通知する。被告は右通知のあったときは直ちに右工事の完了したことを確認する。
(三) 原告は後記(五)の抵当権設定登記完了と引換えに、本件建物を被告に引渡す。
(四) 被告は本件建物の各室のうち五室は本件建物完成後直ちに賃借人を募ってこれを賃貸し、右貸室賃貸借契約をする場合には、事前に原告に通知し、貸室賃貸契約を締結した日から三日以内に右契約内容を原告に明示するとともに、当該賃借人から受領する権利金、敷金および第一月目の賃料の各全額を支払い、第二月目以降の賃料総額のうち(一)項所定の金額は賃料該当月の翌月五日までに支払う。
(五) 被告は原告に対する右債務の弁済を担保するためにその所有する別紙物件目録一記載の土地のうち、同目録四記載の建物と本件建物に附属する浄化槽との中央を南北に通ずる直線をもって分筆した場合の右浄化槽側部分、同目録二記載の土地、同目録三記載の建物および本件建物につきそれぞれ抵当権を設定し、その登記手続をする。
(六) 被告が本契約にもとづく債務の履行を怠ったときは、なんらの催告なくして当然に残債務全額につき期限の利益を失ない、原告に対し右残債務全額および違約金として金五〇万円を即時に支払う。
(七) 原告が本契約にもとづく債務の履行を怠ったときは、本契約を解除すると否とにかかわらず、被告は残債務のうち金五〇万円についてその支払いを免れる。
3、原告は同年三月六日本件建物を完成し、同日これを被告に引渡した。
4、しかしながら被告は次の契約違反行為をした。すなわち、
(1) 被告は同年二月末頃原告が前記契約にもとづき一の土地の一部に抵当権を設定する前提として右土地の分筆登記申請手続に協力を求めたところ言辞を構えてこれに応ぜず、また原告が本件建物を引渡したにもかかわらずそれと引換えに約定物件につき抵当権を設定しない。
(2) 被告は原告から本件建物の引渡しを受けると、同年三月三〇日右建物二階東側の一室を原告の了解を得たうえで訴外今井としえに賃貸したが、右訴外人から受領した敷金、権利金および第二月以降の賃料のうち前記契約所定の金員を原告に支払わず、その後、本件建物のうちその余の貸室全部にも賃借人が入居するに至ったにもかかわらず、原告になんら通知せずまた約定の権利金、敷金、賃料を支払わない。
(3) 被告は、原告が本件建物の残工事を完了し引渡したにかかわらず、それと同時に約定の金一五万円の支払をしない。
5、よって被告は右契約上の債務の履行を怠ったものというべく、原告に対する債務のうちすでに支払を了した金七四四、〇〇〇円を控除した残金一、八六四、〇〇〇円全額について、そのうち金一五万円の支払期日である昭和四〇年三月末日限り期限の利益を失ない同年四月一日以降遅滞に陥ったものというべきであり、かつ約定の違約金として金五〇万円を支払うべき義務も右同日発生したものというべきである。
よって原告は被告に対し、未払債務金一、八六四、〇〇〇円および違約金五〇万円との合計金二、三六四、〇〇〇円ならびに右に対する昭和四〇年四月一日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告(本訴請求原因に対する認否ならびに抗弁)
1 請求原因に対する認否
(一) 請求原因1の事実のうち、原告の主張するような請負契約が原被告間に結ばれたことは認めるがその余の事実は不知。
(二) 同2の事実はすべて認める。
(三) 同3の事実は認める。ただし、本件建物には後記のような瑕疵が存するから一応完成したといえるにすぎない。
(四) 同4(1)の事実のうち、被告が原告の分筆登記申請の協力を拒絶したことは否認する。被告は浄化槽の敷地部分を中央から分割すると、原告主張の四の建物および本件建物の担保価値は著しく減少し、ひいて右物権を担保とする借財ならびにそれによる原告に対する支払いも困難になるとの理由で原告と交渉中であり、最終的に拒絶したものではない。同4(2)の事実のうち被告が原告主張のころ本件建物の一室を訴外今井に賃貸したこと、その後本件建物の貸室全部に賃借人が入居したことは認める。ただし全部に入居したのは本件訴訟係属後の昭和四一年六月一二日である。
(五) 同5の事実中被告が原告に金七四四、〇〇〇円債務を弁済したことは認める。
2 抗弁
(一) 原告は建物建築の請負業務として、注文者の了承を得た設計図にしたがい、現在の建築業界で認められている技術を駆使してとくに安全性、居住性の点に意を尽くし、工事を完成すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、昭和三八年九月四日付工事請負契約書添付の設計図どおりに本件建物を完成せず後記(三)のごとくその重要な部分に瑕疵のあるものを引渡したのであるから、債務の本旨にしたがった履行をなしたとはいえず、前記債務弁済契約(七)項にもとづき、被告は残債務のうち金五〇万円についてその支払いを免かれた。
(二) (1)本件建物には、原告の工事の不備により、次のとおりの瑕疵があり、その修補に要する費用は左のごとくである。
すなわち
イ、基礎工事の瑕疵 金三五五、三五〇円
基礎コンクリートの断面の厚みは、設計図には一二一・二ミリメートルであるところ、実際には九一ないし九七ミリメートルしかなく、また基底の栗石の厚みも設計図より少なくしかも突き固めをしてない。そのため建物全体にひずみを来している。右瑕疵を補修するためには、建物全体をもちあげて基礎コンクリートおよび栗石工事を手直しする必要があり、そのために、曳屋工報酬、壁まわり補修代、柱下補強コンクリート工事代等金三五五、三五〇円の費用がかかる。
ロ、柱の瑕疵 金三二三、〇〇〇円
通し柱の太さは、設計図では一二一・二ミリメートルであるところ、九九・九九ミリメートルしかなく、これがために建物全体にひずみを生じている。右柱を取りはづして一二一・二ミリメートル角ヒノキ材で、補強するには金三二三、〇〇〇円の費用を要する。
ハ、天井、壁の瑕疵 金一一三、五〇〇円
軒天井が設計図ではラス張りモルタル塗りとなっているにもかかわらず、三ミリメートルのベニヤ板張りとなっており、廊下のモルタル塗りは不良であり、また巾木、防火壁がない。右補修工事には金一一三、五〇〇円の費用を要する。
ニ、屋根の瑕疵 金六二一、四三〇円
屋根には、屋根材として不適当な亜鉛引板三一番を使用し、かつ取り付け部分が弱体なため、昭和四〇年九月一七日および昭和四一年九月二六日台風によって屋根の一部が吹きとばされた。右屋根を全面的に取り去り、亜鉛引板レジノ二八番葺きにするためには、金六二一、四三〇円の費用がかかる。
ホ、かざり工事の瑕疵 金一六五、〇〇〇円
契約に反し、台所流し前立上りステンレス(六ヶ所)、物干の金物、ベランダ手摺りバットラス、浴室(六ヶ所の換気口)が取り付けられていない。右取付補修工事として金一六五、〇〇〇円の費用を要する。
ヘ、便所排水管の瑕疵 金四、五〇〇円
便所排水管に使用したパイプが粗悪であったため、昭和四二年九月頃二階六号室の便所から漏水し、一階二号室の天井が汚れこの補修に金四、五〇〇円を要した。
ト、風呂場換気口の瑕疵 金一四〇、〇〇〇円
風呂場に換気口を設けなかったため、昭和四二年一二月一七日二階の風呂場より出火しその補修に金一四〇、〇〇〇円を要した。
チ、その余の瑕疵 金六七、七〇〇円
その他、生垣が造成されておらず、敷地の地ならし、雑排水の処理がなされず、建具のひずみが生じている。これらの補修に要する費用は金六七、七〇〇円である。
(2) よって請負人たる原告は、注文者たる被告に対し、請負人の担保責任として、前記(1)の瑕疵の修補に代えその修補に要する総費用金一、八三四、二八〇円を損害賠償として支払うべき義務があるというべきであるところ、右義務は、被告の原告に対する請負代金支払義務と同時履行にあるから、原告において右義務を履行するまで被告は右代金の支払いを拒絶する。
(3) 仮りにそうでないとしても、被告の原告に対する未払請負代金は金一、八六四、〇〇〇円であり、前記(二)によりそのうち金五〇万円は支払を免れたのであるから原告に対する債務は金一、三六四、〇〇〇円であるところ、被告は原告に対する前記損害賠償債権のうち、昭和四一年七月一八日の本件口頭弁論期日において金一、三三七、八五〇円を同年一一月一四日の本件口頭弁論期日において金二六、一五〇円をそれぞれ自動債権として、原告の被告に対する前記債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。
三、原告(抗弁事実に対する認否)
1、抗弁(一)の事実は争う。
2、同(二)の事実中、瑕疵の存在およびその補修の必要性はすべて否認する。
同(二)(1)の事実は争う。
屋根の破損は専ら台風が原因であるから、その損害は原告の本件建物建築工事とは相当因果関係がない。
同(二)(3)の事実は、相殺の意思表示の点を除き争う。
四、原告(再抗弁)
被告が本件請負工事の瑕疵の修補に代る損害賠償の請求をしたのは、本件建物の引渡しがなされた昭和四〇年三月二八日から一年以上を経過した昭和四一年七月一八日であるから、民法六三七条一項に定める除斥期間経過後の請求としてその効力がない。
五、被告(再抗弁の認否)
原告主張の再抗弁は争う。
六、被告(反訴請求原因)
1 被告は原告との間に結ばれた昭和四〇年二月一六日付債務弁済契約において確認された債務金二、六〇八、〇〇〇円につき、前述のごとく、うち金七四四、〇〇〇円を原告に支払い、残金金、一、八六四、〇〇〇円については、同(二)記載のごとく、うち金五〇万円についてその支払いを免かれた。
2、ところで被告は、抗弁(二)(1)(2)記載のごとく原告に対し金一、八三四、二八〇円の損害賠償債権を有しているところ、うち金一、三六四、〇〇〇円については抗弁(三)(3)記載のとおり原告に対する前項の残債務と対当額において相殺され消滅した。
3、よって、原告に対し、損害賠償として、前項のとおり相殺に供した残余である金四六九、七八〇円のうち金三二五、七八〇円およびこれに対する反訴状送達の翌日である昭和四一年一二月一三日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
七、原告(反訴請求原因に対する認否)反訴請求原因事実はすべて争う。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
原告は被告の注文により、昭和三八年九月四日被告との間で本件建物の建築につき代金四、〇五八、〇〇〇円で請負う旨の契約を締結したこと、しかるに被告は右代金のうち金一八〇万円の支払いをしたのみであるため、原告は一部残工事を残したままその引渡しを拒んでいたところ、昭和四〇年二月一六日原被告間に、被告の右未払代金およびこれに対する遅延損害金を含めた金二、六〇八、〇〇〇円の債務の弁済ならびに原告の残工事の施工に関し、原告の本訴請求原因2記載のとおりの債務弁済契約が結ばれたこと、原告は同年三月二八日本件建物を完成し(ただし、瑕疵の存否については争いがある。)同日これを被告に引渡したこと、被告は右契約後合計金七四四、〇〇〇円を原告に支払ったことは、いずれも当事者間に争いがない。よって被告の原告に対する前記債務弁済契約にもとずく債務金二、六〇八、〇〇〇円のうち、金七四四、〇〇〇円については弁済により消滅し残債務は金一、八六四、〇〇〇円となったというべきである。
ところで、右残債務については被告がこれを弁済したことを認めるに足りる証拠はなく、その後における債務免除等の反証のない本件においては、被告は右残債務につき履行を怠ったものというべきである。従って被告は前記債務弁済契約(六)項の約定により、残余の債務のうち最初に履行期の到来する金一五万円の履行期である昭和四〇年三月末日の経過をもって被告は残債務全額につき期限の利益を喪失し、同年四月一日から遅滞に陥ったものというべきであり、さらに右契約にもとづく約定の違約金五〇万円を支払うべき債務も右同日発生しかつ同時に遅滞に陥ったものというべきである。
よって被告の抗弁について考える。≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
1、建築確認通知書附属設計図(短計図)によれば、基礎下敷コンクリートの厚さは一二センチメートル、巾は三〇センチメートルであるところ、本件建物においては、厚さは六センチメートル、幅は二七センチメートルであり、栗石も少く、設計図よりも粗雑な施行である。
2 設計図によれば軒裏、外壁ガラス張りモルタル塗となっているのに、その工事が施されておらず、また浴室の内壁はセメント防腐剤入塗装とすべきであるのに、これを施していない。防火壁も片面しか塗っていない。
3、ベランダの手摺は設計図と異った鉄アングルでなされ、パットレスがない。
4、(一)屋根工事については、取付補強工事が不十分である。すなわち取付に用いられた釘が普通より小さいものであり、その本数も少く、ボルト締めも不足であった。また屋根の軒出は約五〇センチメートルが普通であるのに、本件建物では約八〇センチメートルあった。
(二) 本件建物の南方一帯にはさえぎるものはなく、ゆるやかな傾斜をなして多摩川に至っており、このような地形では、南方から疾風が吹き上げてくると瞬間的に局地的な旋風ないし突風となって屋根の災害を起すことは十分考えられる。
(三) 本件建物の屋根は昭和四〇年九月の台風で一部損傷したが、昭和四一年九月の第二六号台風の際、疾風にあおられ、野地板をつけたまま附近の公園内に飛散した。
(四) 東京管区気象台の観測によれば、二六号台風の東京地方における影響は同月二五日未明において最も顕著となり、午前二時一〇分南南東の風最大瞬間風速三六・五メートル毎秒、同三時二〇分南の風最大風速二四・五メートル毎秒を記録した。
以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。
被告は右の外本件建物の柱、かざり工事その他雑工事にも瑕疵があったと主張するが、右の主張を認めるに足る適確な証拠はない。
なお、被告は本件建物の便所排水管に使用したパイプが粗悪であったと主張し、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年一〇月頃本件建物の一室の便所の排水管が腐蝕したことが認められるが、同証言によっても右排水管の腐蝕が当初の工事において使用したパイプの粗悪であったことに起因するものとは断定しがたく、他に右主張を認めるに足る証拠はない。または被告は、本件建物の風呂場に換気口を設けなかったため昭和四二年一二月一七日二階の風呂場から出火したと主張し、≪証拠省略≫によれば、昭和四二年一二月一七日本件建物の風呂場から出火したこと、右風呂場には上部に換気口が設けられていたこと、右出火は使用者が燃料のプロパンガスの漏洩に気付かず人口の戸を開いたためプロパンガスが隣室に流れ石油ストーブの火により引火した結果発生したこと、ガス風呂の場合換気口は上部と下部に設けることが望ましいが、本件出火の場合下部に換気口が設けられていたとしても、これを防止できたと断定はできないことが認められる。これによると、右出火は被告の主張する風呂場の下部に換気口を設置しなかったことと相当因果関係があるものとは認めがたい。
そこで、前示認定の事実は、それぞれ本件建物の建築工事の瑕疵といえるかどうかを考えるに、請負契約において請負人の担保責任を基礎づける仕事の目的物の瑕疵とは、仕事の結果が請負人の保証した性質を有せず通常もしくは、当事者が契約によって期待していた一定の性状を完全には備えないことをいうものと解すべきであるところ、前示1ないし3については、請負人たる原告が保証し注文者たる被告が期待していた設計図のとおり基礎工事ではなかったのであるから、仕事の目的物の瑕疵というべきであり、また前示4については、我国においては例年九月前後に台風が襲来しかなりの風雨にみまわれること公知の事実であるから、異例空前の大台風であって簡易建築はおおかに倒壊破損するような場合以外通常の台風には耐えうるものと期待するのが通常であり、その故にこそ請負人も右の程度の耐風性は注文者に対して保証するのが合理的であるから、前示4(四)認定の本件二六号台風が右の例外的な場合にあたり、それによって本件建物の近隣において前示4(三)認定のような被害が少なからずあった等の反証のない本件においては、原告が前示4(一)(二)認定のごとき本件建物の位置構造の特殊性にみあった屋根工事をしなかったことに起因して前示4(三)の事故は生じたと推認される。してみると、本件屋根工事には前示4(一)認定のような瑕疵が存し、これがため前示4(二)認定のような災害を生じたもので、その間に相当因果関係があるというべきである。
ところで被告は原告は建築請負業者としての注意義務を尽さず右瑕疵のある物件を引渡したのであるから、債務の本旨にしたがった履行をなしたとはいえぬ旨主張するが、右瑕疵は修補不能な程度に重要なものとはいえないのみならず、被告は引渡を受けると直ちにその一部を賃貸していること前述のとおりであり、原告は被告の肯認を伴った引渡を了したものというべきであるから、右の程度では未だ被告の右主張を首肯させるには至らないものというべく、被告の抗弁(一)は失当である。
よって本件工事における前示各瑕疵に基く損害賠償額について考える。鑑定人中沢甚平の鑑定の結果によると、前示1の瑕疵は認められるが、本件建物は軽量建物であるから建物全体の安定に支障はなく、建直しの必要はないこと、従って、損害賠償額は不足と思われるコンクリート代、仮枠費として金八、〇〇〇円が相当であることが認められる(この点は鑑定人浅井新一の鑑定結果もほぼ同様である。)。また鑑定人中沢甚平の鑑定の結果によると、前示2および3の各瑕疵の補修に代る損害賠償額は、それぞれ金四三、〇〇〇円、金一〇、〇〇〇円と認められる。
次に≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四一年九月の台風による被災後本件建物の屋根の修復工事費として沢田工務店に少くとも金五七〇、〇〇〇円右工事に使用したテント代金六四、〇〇〇円、見積のための現場写真撮影費として金四九、四〇〇円を支払っていることが認められる。右のうち写真撮影費は修復工事のため必らずしも必要な経費とはいえないが、その余の計六三四、〇〇〇円は、前示4の屋根工事の瑕疵により被告が蒙った損害と認めるのが相当である。右認定に反する鑑定人浅井甚一の鑑定の結果は採用しない。そうすると、原告は被告に対し以上合計六九五、〇〇〇円の損害を賠償すべき義務があることとなる。
原告は、被告の本件請負工事の瑕疵に基く右損害賠償請求は民法六三七条の一年の除斥期間を経過したものであると主張するが、本件請負工事の目的物は土地の工作物である建物であるから民法六三八条によりその瑕疵に基く損害賠償の除斥期間は五年であるから原告の右主張は理由がない。
ところで、被告は右損害賠償債権と原告の請負代金債権とは同時履行の関係にあると主張するが、原告の本訴債権は昭和三八年九月四日付の請負契約にもとづく請負代金債権そのものではなくその実質は和解契約と認められる。昭和四〇年二月一六日付債務弁済契約にもとづく債権であるから、原告の本訴債権と被告の前記債権とは履行上の牽連関係は存しない。よって被告の抗弁(二)(2)は失当である。次に相殺の抗弁についてみるに被告が昭和四一年七月一八日の本件口頭弁論期日においてなした相殺の意思表示(右意思表示のなされたことは当事者間に争いがない)は金六九五、〇〇〇円を限度としてその効力を生じたものというべく、原告の本訴債権は右と対当額につき消滅したものというべきである。
次に被告の反訴請求は上来被告の抗弁につき判断したところによりその理由がないこと明らかである。
よって原告の本訴請求のうち金二、三六四、〇〇〇円から金六九五、〇〇〇円を控除した金一、六六九、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年四月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、被告の反訴請求は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺忠之)
<以下省略>